コラム:団地の木と草とキノコ 木本2「ニッケイ(ニッキー)」

―植物の芳香と役割―

投稿:YZ

『ニッケイ(肉桂)』とか『ニッキ』と聞くと、子供の頃飲んだ「ニッキ水」、しゃぶった「ニッケイの根や桂皮」やニッキ飴の「刺激的な芳香や喉や舌の痺れるヒリヒリ感」が懐かしい記憶とし蘇る方が多いかと思います。昭和30年代の懐かしいレトロ感を呼び起こす植物が『ニッケイ(肉桂)』ではないでしょうか。

*「ニッケイの葉と果実」 2018.10/1撮影 三行脈が見事である

 『ニッケイ』はクスノキ科の「ニッケイ(クスノキ)属」を代表する植物でこの属には「クスノキ」、「ヤブニッケイ」等があります。「クスノキ科」には芳香性と香味の成分を持つ樹木が非常に多いです。属は違いますが、爪楊枝の「クロモジ」や「ゲッケイジュ」、「タブノキ」、「ヤマコウバシ」等が含まれます。「ニッケイ」は「肉桂」(中国で桂=香木・香辛木)と云う通りの優れた芳香樹です。学名でもCinnamomum okinawenseと云い、香辛料のシナモンに因んだ属名で、種名は産地に因んでいます。差し詰め「沖縄産シナモンの木」と云うことでしょう。英語ではJapanese cinnamon「日本産シナモンの木」と云いますが、学名では、日本原産の「ヤブニッケイ(Cinnamomum. japonicum)」が「日本産シナモンの木」に該当します。ヤブが付いているだけに藪医者同様役立たずのニッケイという意味ですが、日本の福島以南に産し、近くの雑木林で見ることが出来る「ヤブニッケイ」には、それなりにニッケイの代替になり得ます。「本物のシナモン」は「セイロンニッケイ Cinnamomum verum 」(種名verumは本物の意味で本物のシナモンの木と云う意)です。ニッケイはシナモンとしての利用価値はありませんが、香辛料や薬用に使われています。漢方薬「葛根湯」などにも含まれ、頭痛、解熱、発汗、健胃に効能があるとされます。

  誰が植えたか。団地に一本だけ植栽されています(いました。)。中国原産とされておりましたが、沖縄・石垣島・徳之島で発見され、1900年代後半に今の学名に変更された変わった経緯があります。

   写真でお判りの通り、クスノキの仲間の葉脈は、三行脈(主脈に沿って左右それぞれから主脈に近い太さの一対の側脈が葉の基部から分岐した形状)になっています。その三行脈の中で最も端正なのがご覧の通り「ニッケイ」です。針葉の小葉と異なり、太陽エネルギーを合理的にキャッチ出来る広葉(平たく広い受容体)への進化において、三行脈は支持力と養分や水のパイブラインの安定基本原器構造なのかも知れません。または、広葉樹の複葉化の原器構造になっているのかも知れません。

  植物の進化の過程で、白亜紀に、クスノキ(ニッケイ)の仲間は、ドクダミの属するコショウ目の仲間から分岐したあと、さらにモクレンの仲間から分岐した植物群です。モクレンの仲間とは兄弟の関係にある原始的な被子植物群です。前述のモクレンの仲間の花の構造とは違う進化をしています。地味な1本の雌蕊と3の倍数の雄蕊及び3の倍数の花被を持つ単花構造です。花被は花弁と萼片の区別もなく、雄蕊の役割を果たさない仮雄蕊を持つ原始的な花ですが、受粉昆虫の利用の為の腺体という訪花昆虫を誘き寄せる密腺を備えました。

   ところで、植物の香や香味は何の為にあり、どんな役割があるのでしょうか?たかだか25万年前に登場したホモサピエンス(現人類)の為でないことだけは確かです。解っていないことばかりですが、今回は樹木が生成する生化学的信号物質の芳香と香味について話題提供してみたいと思います。

   樹木が二次的に生合成する化学物質(精油)には、常時合成している樹木が発散する微生物の活動を抑制する殺菌作用をもつ揮発性の高い物質(低分子テルペノイドなど)である「フィトンチッド」や、樹木が昆虫に食害されたり病原菌に感染したときだけに生合成されて昆虫を忌避させたり病原菌を殺菌して防御する揮発性の低い物質(フラボノイドやテルペノイドに属するも)である「ファイトアレキシン」、その他に、受粉のための媒介昆虫等の「誘引物質」や、「ホルモン様物質」、植物等(同種・異種間)相互の「情報伝達等の役割をする物質」があります。これらは超微粒子(nm・十億分の一のサイズの世界)の芳香物質です。これらの役割や作用については、ナノテクノロジーとして漸く解明の序に就いたばかりです。植物にとって芳香性物質は、言葉以上の役割を果たしているのかも知れません。

 ところで、陸上植物のなかでも、進化の歴史の長い植物には芳香と香味の強い植物群が実に多く存在します。裸子植物(2億9千万年前に登場)のスギやヒノキ等の針葉樹や原始的被子植物1億5千万年前に登場)と云われるコショウ目(ドクダミ等含む)やクスノキ科の植物群はその仲間であり、個体としての樹木の寿命も長いものが極めて多いのです。昆虫(3億9千万年前に登場)や菌類等(12~8億年以上前に登場し、4億8千万年前に陸上植物の出現に併せ陸上化)の微生物に抗するために、害虫忌避効果、有害菌の不活性化・殺菌効果、抗酸化作用、生体活性、昆虫等との情報交換作用、植物同志の情報交換等の物質を長い時間をかけて突然変異により獲得した結果が、長寿や巨樹化に繋がっているのでしょう。共進化により自己免疫力を勝ち得る事の出来た樹木とも云えます。

日本の長寿樹木と巨樹のベストテンは以下の通りです。

・長寿樹木(樹齢表示はあくまでも自治体などの表示に頼る。生体の正確な樹齢調査は不可能な為、本当の樹齢は判りません、その分樹齢にまつわるロマンはつきません。 netより掲載)

樹齢 名称 所在地

7000年以上  1 越喜来の杉 岩手県気仙郡三陸町

3000年以上  2 杉の大杉 高知県長岡郡大豊町杉

                           3 大王杉 鹿児島県熊毛郡上屋久町

                           4 玉置神社の神代杉 奈良県吉野郡十津川村

                           5 柞原八幡の大クス 大分県大分市八幡

                           6 紀元杉 鹿児島県熊毛郡屋久町

                           7 川古のクス 佐賀県武雄市若木町川古 日子神社

2500年以上 8 山高神代ザクラ 山梨県北巨摩郡武川村

2300年以上 9 八幡神社の大杉 石川県江沼郡山中町菅谷

          10 栢野の大杉 石川県江沼郡山中町栢野 菅原神社

長寿樹木は圧倒的にスギが多く、次いでクスノキです。

*発見当時樹齢7200年以上とされた屋久島の縄文杉は、その後の調査(屋久島の火山活動等の歴史から2000年以上に修正され19位にランク下げされている。

・巨樹ランキング(2011年公表データより)

  呼称         幹周(m)         所在地      保護指定

1 蒲生の大クス      24.22m クスノキ  鹿児島県蒲生町  国天(特別)

2 阿豆佐和気神社の大クス 23.90m クスノキ  静岡県熱海市   国天

3 本庄の大クス      21.00m クスノキ  福岡県築城町   国天

4 川古の大クス      21.00m クスノキ  佐賀県武雄市   国天

5 奥十曽のエドヒガン   21.00m エドヒガン 鹿児島県大口市  保安林

6 衣掛の森        20.00m クスノキ  福岡県宇美町   国天

7 武雄の大クス      20.00m クスノキ  佐賀県武雄市   市天

8 柞原八幡宮の大クス   18.50m クスノキ  大分県大分市   国天

9 隠家の森        18.00m クスノキ  福岡県朝倉町   国天

10 志布志の大クス     17.10m クスノキ  鹿児島県志布志町 国天

10 大谷のクス       17.10m クスノキ  高知県須崎市   国天

参考)12縄文杉   16.10m スギ    鹿児島県上屋久町  国天(特別)

 巨樹の上位は、圧倒的にクスノキが多い。しかし、日本では、ランク外だが巨木の絶対数はスギが圧倒的に多く存在しています。長寿・巨木の世界編は自分で調べてみて下さい。 (*一般的には、幹周りが3m以上を巨樹と呼称しています。)


   現在、被子植物をはじめ、多様な植物種が地上に生存(地球上で知られている現存の生物種は約 175 万種、その中で植物は約 27~25 万種で、その内で被子植物は約 25~23 万種、 1.2 万種がシダ植物、約 1.8 万種がコケ植物、裸子植物は850~800 種と言われています。因みに昆虫は約 95 万種と地球上に現生する。)しており、それらが様々な香り成分を合成し、あるものは昆虫に対する摂食抑止効果を示して昆虫を近寄らせない一方、別の香りは逆に受粉者としての昆虫を誘引するものがあり、ある植物はその植物種にとっての益虫となる虫を呼び寄せることでその植物種と昆虫とが共進化してきたと考えられています。自然界には約40万種類に香りがあると云われます。それだけ情報伝達のやり取りが存在することになります。そのいくつかの事例をご紹介したいと思います。

〇クズとソメイヨシノの若枝の例(植物間での芳香物質のやりとりの事例)

 クズはマメ科の蔓性の木本植物で、根は葛湯の原料です。路傍でよく刈り取られるので草本の様な状況になっています。その蔓の成長スピードと巻きつく速さは相当なもので、梅雨の最盛期には30~35cm以上/1日伸びます。今羽団地前の桜並木で起きた事例を紹介します。梅雨に入り立ち上がったクズの新芽が、近くに老木のソメイヨシノがあるにも拘らず、目もくれず、真横1m強離れた若木のソメイヨシノに向かって、空中一直線(真横)に蔓を伸ばし、三日足らずで若木に巻き着くのを観察したことがあります。重力に打ち勝つ勢いの水平伸長でした。到達後は左巻きに若木には巻きつきました。サクラの発散する物質は老木より若木が強力らしく、目に見えない若木の発散物質を感知したクズはターゲットの若木に生長点を向け、まっしぐらに伸長したものです。時間は3日ほど要しましたが、クズの佇まいは獲物を狙った動物の行動にひけをとりませんでした。驚きの光景でした。植物も大きく動くのです。但し、サクラの若木が一方的な被害者とは云えない面もあります。自然界では、マント植物であるクズは、緑縁をカバーすることにより、若木を強風から守ったり、強い日差しを和らげたりする効果も併せ持っています。

〇クスノキの葉とダニの関係の例(植物が益虫となる天敵益虫を呼び寄せる例)

   クスノキの葉はよく知られる防虫剤の成分「樟脳(しょうのう)(カンフル)」を有しているにも関わらず、ダニを飼っている不思議な植物です。殆どのクスノキの葉の三行脈の付け根付近に2個のダニ部屋が目立ちます。虫こぶとは違いこの嚢状型のダニ部屋はクスノキ自らが備えるダニの隠れ屋器官であることが判ってきました。驚きです。

   ダニ室には植食、肉食や菌食のダニも見られることから、ダニ室の共生説が今盛んに研究されています。この共生説とは、肉食や菌食のダニがダニ室を産卵場所や避難場所として使い、代わりにこられのダニが葉に害を与える植食性のフシダニ、ハダニやカビなどを退治しているというものです。たしかに、さまざまな樹種で、ダニ室にこのような共生の機能があるという事例がありますが、クスノキのこのダニ部屋の棲息は植物の吸汁害虫のフシダニが圧倒的に多いので、上記の説明には、無理があります。

   クスノキの葉には、最近この嚢状型のダニ部屋以外に幾つかの形状の異なるダニ部屋(穴状型等)を有していることが判りました。多様なダニ部屋(ダニの隠れ家)があるということは多様なダニが生息することが出来ます。であれば、植食タイプのフシダニが増えて、葉の吸汁害が発生すると傷口からフシダニを喰う天敵のカブリダニやナガヒシダニへ存在と居場所を知らせるSOS物質を発散し、それに誘導されて、隠れていた天敵ダニが害虫のフシダニを食し、吸汁被害を軽減する共生システムが成立することになります。

   蛇足ながら、クスノキには、春の落葉期に隠れ家の嚢型ダニ部屋の出入り口を狭めてフシダニを封じ込めてダニごと落葉する性質があります。こうして、フシダニの密度を調整していることも判ってきました。

〇被子植物の花と訪花昆虫の例(受粉を促せるために昆虫を呼び寄せる事例)

 植物にとって、生殖は大変なエネルギーの負担です。植物は効率化を目指し進化してきました。被子植物は、イネ科や一部のブナ科のように花の構造を簡素化することで風媒花に逆戻りしたものもありますが、多くは風媒から虫媒へと進化したと云われます。花粉を運んでくれる昆虫の種類や好みに合わせて花の形、色、香り、蜜の出し方などを多様に変化させて虫と共進化してきたのです。

   朝に活動する昆虫には朝咲き、昼間活動する昆虫には日中咲き、夜間活動する昆虫には夜間に咲きます。

   昆虫を呼び寄せる香気成分も昆虫の活動時間にあわせて放出されるばかりでなく、受精を終わった花では無駄な香気成分の放出は停止します。夜行性のスズメガと一夜花のキカラスウリやカラスウリとの関係は有名です。

   ブナ科のカシやシイ、ナラ、クリでは、風媒花としての風の利用する一面、雄花の集合による強い匂の発散が甲虫類やハエを誘引しています。

   世界最大の花と云われるラフラシアやカンアオイの仲間、コンニャクの仲間は双翅目のハエの仲間が好む強力な悪臭を発散し、遠くからハエを誘引しています。

   甘い香の蜜と昆虫の関係等話題は尽きません。この項はこの程度で割愛させて戴きます。

〇アブラナとアオムシの事例(複雑な共進化により、複雑な相互関係が誕生した事例)

 アブラナ目・科の植物は、水稲と同じ弥生時代から栽培されている日本人にとっては馴染み深い植物です。被子植物の進化において、バラ群から分岐しましたが、進化の過程で十字の四枚の花弁を持つことも特長ですが、カラシ油配糖体を獲得したことも大きい特長です。これは無毒ですが、これから生じるカラシ油(イソチオシアン酸アリル)はカラシナ、ワサビやダイコン等の苦辛味成分で、人類には嗜好品として食欲増進・抗がん成分・健康増進成分としても利用されていますが、害虫・菌類にとってはとんでもない毒性の高い天然殺虫殺菌物質です。

 アブラナ科自体にとつても、カラシ油成分は極めて有毒です。そこで、通常は「無毒なカラシ油原料物質(カラシ油配糖体)」と「それを加水分解しカラシ油にする酵素成分(ミクロシナーゼ)」を別々の細胞に隔離して保有しておき、植物体が傷つけられ細胞が破壊されると、それぞれ隔離されていた成分が反応して有毒なカラシ油成分(天然殺虫・殺菌剤)が合成されます。アブラナ科の植物は、殆どの昆虫の食害を防御することできる力を得ました。このシステムは印刷のカーボンコピーの原理に似ています。尚、ワサビやダイコンをおろすと辛みが増すのもこの原理です。

 ところが、共進化において一筋縄でいかないのが、鱗翅目(蝶や蛾の仲間)やアブラムシの仲間です。

   例えば、鱗翅目のコナガやアオムシ(モンシロチョウの幼虫)は、アブラナ科との共進化の過程で特殊消化酵素を獲得して、カラシ油になる反応を体内で抑制し無毒化にしたり、酵素の役割を無効にする進化を遂げました。一方、カラシ油成分の原料(カラシ油配糖体)は、幼虫の食欲を増進させ、さらに成虫の産卵も誘引する物質にもなることから、アブラナ科植物に対し、鱗翅目は食料の独占体制も手に入れました。

 但し、アブラナ科にとっては全てがマイナスではありません。鱗翅目に限定した確実な受粉体制を築きました。傷は自らのカラシ油成分で病気の感染を抑えられます。さらには、傷口からは数種の芳香成分を発散し、その香の組合せによりコナガやアオムシの天敵のマユコバチを誘引する術も獲得しました。敵の敵は味方です。

   事例を幾つか紹介しましたが、このような生化学的信号物質の作用には定義がつくられています。

   生物の個体間に作用する生化学的信号物質のうち、異種個体間に作用するものを「アレロケミカル」と定義されています。同種個体間に作用するものは「フェロモン」です。

 「アレロケミカル」は、産生および受容する生物の受ける影響によって、「アロモン」、「カイロモン」、「シノモン」に分けられています。

・「アロモン」では、産生側が利益を得る。植物の生産する摂食阻害物質や、複雑な例では食植者に摂食された植物が合成する食植者に対する捕食寄生者の誘引物質などがある。

・「カイロモン」では、産生側が害を被る。分かりやすい例では「獲物の匂い」すなわち捕食者誘引物質など。

・「シノモン」では、両者ともに利益を得る。具体的な例としては「花の香り」が相当する。この例では花は花粉を運んでもらうことができ、誘引された昆虫などの送粉者は蜜や花粉を得ることができる。

  ご興味のある方は、是非、生化学的信号物質である芳香のナノワールドの扉を開いてみて

下さい。尽きることが無い不思議だらけの世界です・・・。

  次回は団地に最も多く植栽しているマテバシイからドングリの世界を覗いてみたいと思

います。


大宮 今羽町団地 OK会

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